大学共通テストでOpenAIが9割正解!AIの学習能力が人間レベルに?教育現場はどう変わる?

大学共通テストでOpenAIが9割正解!AIの学習能力が人間レベルに?教育現場はどう変わる?

共通テストでChatGPTが9割正解。

そんな見出しを見た瞬間、背中がぞわっとしました。

正直、驚きより先に「もうここまで来たのか」という感情が出ました。

自分は昔から文章を書くのが苦手で、ブログも最初は一記事に何日もかかっていました。

ところが今は、ChatGPTを使うだけで記事を量産できるようになっています。

だからこそ、共通テストの話は他人事にならないんですよね。

一方で「AIが人間レベルに到達した」と言い切っていいのかは、ちょっと立ち止まりたいところです。

数字は強い。

でも数字だけで未来を決めると、だいたい後でズレます。

そこで今回の記事では、大学共通テストでOpenAIが9割正解!AIの学習能力が人間レベルに?教育現場はどう変わる?について紹介します。

それでは最後までお読みください(^▽^)/

 

目次

共通テストで何が起きたのか、数字の正体


ニュースを見て「9割正解」とだけ覚えると、たぶん議論が雑になります。

まずは何がどう測られたのかから整理します。

 

正答率は9割どころか、ほぼ満点に近いところまで来ている

報道ベースで語られている内容はかなりインパクトがあります。

AIベンチャーLifePromptの検証として、OpenAIのモデル「GPT-5.2 Thinking」に2026年度の大学入学共通テスト(15科目)を解かせたところ、得点率が96.9%で、9科目が満点だったという話です。

しかも苦手だったのは国語で、それでも90%程度だったとされています

これを見た瞬間、「勉強の勝ち筋が変わる」と感じる人が出るのも自然でしょう。

自分も一瞬だけ、受験の努力が報われる世界が薄くなる想像をしました。

 

ただし「共通テストで強い=人間の学びを全部置き換える」ではない

共通テストは、うまく作られた大規模試験です。

出題形式も採点基準も整っていて、知識と読解と推論を広く測るように設計されています。

だからこそAIの伸びを観測するには相性がいい。

でも、ここで一回わざと飛躍します。共通テストが解けるなら、授業も学級経営も部活の空気も全部AIで回る、とはならないですよね。

極端な話ですけど、こういう飛躍を一度置くと、逆に「どこまでが置き換わるのか」が見えやすくなります。

共通テストの点数は「試験形式に最適化された学力」を示す強い指標ですが、「人間の学び」そのものを丸ごと表してはいません。

 

検証の前提条件で結果の意味

ブログをAIで書くようになって痛感したのは、同じAIでも条件が違うと出力が別物になることです。

プロンプト、制約、参照できる情報、時間、入力形式。

ここがズレると、同じテーマでも読み味が変わります。

共通テストの検証でも、どの問題をどう入力したか、図表をどう扱ったか、解答の形式をどう指定したかで、結果の受け取り方が変わります。

実際、過去の共通テスト検証では、図表の読み取りや微妙な違いの識別が課題として語られてきました。

だから「9割正解」という数字は、AIの実力を示しつつ、同時に検証設計の実力も映しています。

ここ、地味に重要です。

 

AIの学習能力は人間レベルなのか

AIがやっていることを雑に言うと、膨大な例からパターンを掴んで、もっともらしい答えを出す技術です。もちろん最新モデルは推論も強いですし、数学もコードも伸びています

ただ、人間の勉強と同じかというと、感覚が違います。

人間は「わからない」を抱えたまま一晩寝て、翌朝に急に腑に落ちたりします。

自分は学生時代、英語長文がまさにそれでした。

昨日まで単語が散らばって見えていたのに、ある日だけ文章の流れが一本につながる瞬間がある。

あの変な体験は、点数だけでは説明できません。

AIはその逆で、腑に落ちた感じを持たないまま、正答に寄せていく。

気持ち悪いほど強いのに、どこか冷たい。

この温度差が「人間レベル」という言葉をややこしくします。

 

国語が90%という事実

国語が相対的に低いという話は象徴的です。

国語って、知識と論理だけではなく、文脈の空気、言外の含み、問いの意地悪さに気づく勘も絡みます。

ブログでも同じです。文章は正しいだけでは読まれません。

読み手の「ん?」を先回りして消す必要があるし、逆に「ん?」を残して読ませる場面もある。

自分がAIで記事を量産できるようになった一方で、最後に残る違和感もいつも国語的な部分でした。

言葉の温度、ちょっとした間、言い切りの強さ。

そこを自分の手で直すと、同じ内容でも滞在時間が伸びる感覚があります。

証拠はないけど、体感はある。こういう曖昧さが、教育現場では意外と大事だったりします。

 

学習能力より「運用能力」の時代

ここは自分の実感ベースです。

ブログでAIを使い始めて一番変わったのは、文章力よりも運用力でした。

テーマ選定、検索意図の仮説、構成、一次体験の差し込み、読者の感情の段差づくり。

AIは速い。でもハンドルは人間が握らないと事故る。

共通テストで高得点を取るAIが出てきた結果、「じゃあ人間は何をするのか」という問いが強くなります。

答えは、勉強を捨てるではなく、勉強の使い方を変える、に寄っていく気がします。

ここは予言みたいで怖いですが、たぶん外れません。

 

AIと共生する教育現場はどう変わる?

最後に、教育の現場が実際にどう動きそうかを、過度に理想化せずに考えます。

便利になる話ほど、裏でしんどい仕事が増えたりします。

 

宿題は「提出物」から「対話の素材」に寄っていく

AIが文章も解答も作れるなら、宿題を提出させても意味が薄くなります。

だから宿題は、先生が採点するための紙ではなく、授業で対話するための素材に変わっていくはずです。

たとえば、AIが作った解答を持ってきていい。

その代わり、授業中に「この解答の弱点はどこか」「別の前提なら結論は変わるか」を言葉で説明する。

ここに重心が移る。

こう書くと綺麗ですが、現場はもっと泥くさいと思います。

授業準備の負荷が増えますし、評価も難しくなります。

それでも方向性としては、提出物の量を増やすより、説明できる力を育てる方が筋がいい。

AIが強い時代ほど、口で説明できる人が強いです。

 

教師の役割は「知識の供給」から「学びの設計」

AIが高得点を取るほど、教師が知識を一方的に届ける価値は相対的に下がります。

代わりに価値が上がるのは、学びの順番を設計する力です。

どこでつまずくか、何を先に経験させるか、何をあえて失敗させるか。

自分のブログでも似ています。

AIに記事を書かせると、情報の塊はすぐ出ます。

でも読者が読み切る構造になっていないと意味がない。

だから構成と導線が必要になる。

教育も同じで、情報より設計の方が重くなる気がします。

ここでまた少し飛躍します。

教科書が薄くなって、代わりに学習設計書が分厚くなる未来があるかもしれません。

ありそうで、まだ早い気もします。

でも、方向としてはそんな匂いがします。

 

受験は終わらないが、問われ方が変わる

共通テストでAIが強いなら、試験はAIに強い形式から離れようとするはずです。

実際にどう変わるかは簡単に言えませんが、記述や面接、実技、探究型、資料を読み解いて自分の仮説を立てる形式が増える可能性はあります。

ただし、ここで冷静に見ると、全国一斉で公平に採点できる形式には限界があります。

だから試験が急に全部変わるわけでもない。

変わる、変わらない、が同時進行で続くでしょう。

文の揺らぎがある結論ですが、たぶん現実はいつもこうです。

だからこそ家庭や受験生がやるべきことはシンプルで、AIを禁止するか許可するかの二択ではなく、AIを使った学び方の型を早めに作ることです。

使い方を覚えた人から有利になる。

これはもう否定しにくい流れです。

 

まとめ

共通テストでOpenAIのモデルが高得点を出したという話は、AIが人間の学びを丸ごと超えた宣言ではなく、試験形式に対してAIが非常に強くなった事実の提示だと受け止めています。

自分はAIをブログでしか使っていません。

それでも、文章が苦手だった自分が記事を量産できるようになった経験から、AIは学力の議論より先に、学び方と働き方を変えてしまうと感じています。

教育現場は、知識を増やす競争から、思考を説明できる競争へ寄っていくかもしれません。

気持ちとしては複雑です。

でも、どうせ来るなら、振り回されるより先に使いこなした方が楽です。

自分はそう思っています。

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